落語家つながりで、今回は三遊亭圓楽(6代目)の
本当に私しか知らない話を書いていこうと思います。
三遊亭圓楽師匠はPTAの会長をやっていた
私の甥が円楽師匠の息子さんと同じ中学に通っていた時のことです。
2人とも30歳になりましたので、だいぶ昔のことになりますね。
ちょうど、私の妹もPTAの役員をやっていて、
円楽師匠はとても気さくで、ユーモアもある方だと言っていました。
学校側に問題があり、PTAが動いて上手くいった後に
円楽師匠と謝恩会でお会いしたそうです。
席が遠かったので直接話すことはできなかったけれど、
円楽師匠の方から、ピースマークを出して来て
「やったね!」と妹もピースマークで返した
そんなエピソードがあったそうです。
そんな訳で、妹は円楽師匠に色紙を書いてもらい、
我が家にはそのコピーがあります。
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甥っ子の遊び相手は、円楽師匠の息子だった
幼稚園では中々可愛くてモテモテだった私の甥は、
ゲームとガンダムなどのゾイド(?)にハマり込み、
中学生になると、友達が1人しかいなかったそうで、
その貴重な友達が円楽師匠の息子、会(本名)君でした。
よく家にも遊びに来て居たそうですが、
きっと2人いても、お互いにゲームをやって居たのではないかと
思います。
会君の家、つまり円楽師匠の家ですが、
とっても立派な大きなお住まいだとのこと。
息子の友達という意識が強いので、妹は今でも「会君」と呼んでいます。
私は甥が中学生の時は、千葉に住んでいたので
円楽師匠親子とは残念ながら面識がありません。
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三遊亭圓楽師匠と私の接点
6代目の年齢は69歳なんですね。
調べたら都立深川高校の出身とのこと。
私はだいぶ年下になりますが、私が都立高校を
受験した時には、学区があり私が通った都立東と、
都立深川高校がセットになっていて、
合格してもどちらの学校に入るかはわからないという
システムでした。
私は中学3年の時にそれまで通っていた千葉の中学に
残ったため、電車通学に疲れ切っていたので、
歩いて5分の東高校に行きたいと思い受験をしたのですが、
深川に行っていたら、円楽師匠の後輩になっていたんですね。
実は5代目とも縁がありまして、
大学生の時に文化祭の事務局のボランティアを引き受けました。
その年に文化祭の目玉としてお呼びしたのが、
5代目の円楽師匠だったんです。
円楽師匠の大きな顔写真が載っていた看板は目に焼き付いています。
事務局は走り回ってばかりいたので、
円楽師匠には会えずじまいでしたけれど。
関東とはいえども、あんな田舎の大学に来てもらったんだなあ
と思い出すと、感慨深いものがあります。
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会一太郎の声優としての腕前は?
たまたま実家にいた時にNHKで自然の風景を写しながら、
ナレーションが流れている番組がありました。
とっさに妹が「会君だ」と言ったので、
円楽師匠の息子だとすぐにわかりました。
妹は声でわかったのでしょう。
静かにナレーションに耳を傾けて聞いてみました。
けっこう辛口の妹は
「う〜ん、まだまだだなあ」と厳しい一言。
「特徴的な声ではないので、ナレーションをやっていても、
会一太郎だと気づかれないのではないかな。
ちょっと損かもしれないな」というのが、私の感想。
こんな縁続きの三遊亭圓楽師匠なので、
笑点では注目してみています。
応援してますよ、円楽師匠!
落語は好きなので、円楽師匠の落語も聴きに行きたいですね。
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